2023/05/18

【成功する沖縄移住】沖縄の真髄に関わる「チャンプルー文化」を知ろう!

沖縄で楽しく暮らすためにおさえておきたいキーワードがいろいろある。そのひとつがチャンプルー文化というもの。これを理解しておけば、よりウチナー社会が見えてくるので、ぜひ知識として身につけておこう。

広告

 

料理を含めた広い意味を持つ用語

チャンプルーというのは普通は料理の種類のことだが、実はそれだけではなく、沖縄の文化の特質を表す言葉でもある。

チャンプルーは日本語のちゃんぽんと同じ「ごちゃ混ぜにする」というのが本来の意味だ。

ちなみにインドネシア語に「チャンプール(campur)」という言葉があり、これも「混ぜる」という意味らしい。

チャンプルーといえばまずは料理が頭に浮かぶ。この豆腐チャンプルーには戦後入ってきたポークランチョンミートも使われていて、実は極めて国際色豊かなメニューである。

チャンポンという料理もチャンプルー文化の申し子といえる。麺ではなく、野菜炒めの卵とじをごはんの上にのせたもの。

 

700年も前から外国文化を上手にアレンジ

14世紀から16世紀にかけて、琉球は中国を始め日本、朝鮮、東南アジア諸国などと盛んに貿易を行った。これによって各国の優れた文化が流入する。

琉球人は入ってくる文化を拒絶することなく、また丸飲みするわけでもなく、自分たちの風土に合うようにアレンジしながら取り入れた

中でも中国の影響は大きい。北京の紫禁城へ行ったことのある人が火災前の首里城を見たら、一目で中国の影響が理解できたはずだ。首里城は、どう見ても紫禁城の縮小コピーなのである。

外来文化をうまく取り入れるという、このある種のしなやかさは琉球文化の基盤を作り上げた。食べ物をはじめ紅型、やちむん、漆器、泡盛などにそれが強く現れているわけだ。

首里城もつまりチャンプルー文化が生んだ最大の傑作ということができる。中国はもちろん、日本の建築文化の影響も受けている。(写真は火災前)

 

戦後はアメリカ文化も取り入れた

ウチナーンチュはチャンプルー志向を今も失っていない。戦後、アメリカ軍が持ちこんださまざまな文化を上手にチャンプルーした。

料理でいうと、ゴーヤーチャンプルーにポークランチョンミートをぶちこむというのは、芸術的ともいえるカルチャーミックスである。ソーミンチャンプルーにツナもすごい。

ツナといえば、シーチキンが市場を席巻する前に、沖縄では外国製のツナ缶が出回っていた。ちなみに年寄りはこれを「トゥーナー」と呼ぶ。英語の発音そのものだ。

一度試していただきたいが、トゥーナーとネギを入れて塩だけで味付けしたソーミンチャンプルーは絶品だ。

うどんにシーチキンを組み合わせるというTVCMを見たことがあるが、ウチナーンチュは80年近くも前からそんなことをしていたのである。

ビーチパーリーもチャンプルー文化だろう。アメリカ人お得意のバーベキューが、今ではウチナーンチュの定番娯楽になっている。

もちろんパーリーも英語の発音だ。ビーチパーティーなどといったら田舎者扱いされる。

そうめんにトゥーナーを加えて炒めたソーミンチャンプルーは、うまいなんてもんじゃない。感動的なおいしさだ。

 

ミュージシャンもチャンプルー文化を体現

忘れてはならないのが一世を風靡したオキナワンロックだ。「」という伝説のグループを始め、数々のアーティストを輩出したこのカテゴリーは、アメリカンロックの影響をもろに受けたチャンプルーミュージックといえる。

ところで、紫と双璧をなしたバンドが「コンディショングリーン」だった。

ベトナム戦争当時、もうすぐ戦地へ送られて二度と帰ってこないかもしれないアメリカ兵相手に、本国の音楽を聴かせながら、ステージでニワトリの頭をちょん切ったり、ヘビの生き血をすすったりというパフォーマンスを見せていた。

ただし、下手な演奏にはアメリカ兵がビールビンを投げつけたという。パフォーマーも客も、過激という言葉が生ぬるく聞こえるほど殺気立っていた時代である。

ちなみにだが、このコンディショングリーンのメンバーで、オキナワンロックの先駆者のひとりだった川満勝弘さんが2023年4月に78歳で亡くなった。戦後のチャンプルー文化のけん引役だったともいえる人であり、ご冥福をお祈りしたい。

 

チャンプルー文化の母はDNAレベルにあり

ブルーシートオバァ」というエピソードがある。ブルーシートとは海水浴やキャンプ、花見、工事現場などで使う、ポリエチレン製の青いシートだ。

村の神事の際、地面に敷くむしろが見あたらなかった。そこで、あるオバァが家からブルーシートを持ってきて敷いたら、見物に来ていたナイチャーのオヤジが口を出した。

「何百年も続く神事でブルーシートはマズイのではないか」。

するとオバァは、ふんと鼻で笑っていい返した。「なんでぇ、こっちのほうが軽くて持ちやすいし、きれいだし、汚れたら水で洗えばいいさ~。これのほうが上等さ~」。

まわりのオジィオバァたちも「そーさーそーさー」といって賛同したという。

チャンプルー文化の核心はここにある。伝統や慣習にこだわらず、外から入ってきたものが優れていると思ったら、積極的に取り入れる。オバァがDNAレベルで持っているこの合理主義こそが琉球文化を育んだのである。

一覧に戻る

同じカテゴリーの人気記事

2024/05/31

【成功する沖縄移住】大宜味村出身「世界のカキ王」の大功績

カキが好きな人は世界に何千万いや何億人もいるかもしれない。海のミルクと呼ばれるほどに美味で栄養満点な貝。実はカキが今のように世界中で食べられるようになったのは大宜味村出身の宮城新昌……

2023/10/12

【成功する沖縄移住】洗骨習慣の残る粟国島で伝統の「風葬」につ...

2019年公開の映画「洗骨」を見た。細々ではあるが粟国島あたりで続く洗骨習慣を軸にして人間模様を描いた作品だ。ついでに粟国島へ行ってお墓を見てきた。洗骨の前提となる風葬は時代遅れの……

2023/08/03

【成功する沖縄移住】ウチナーグチはしゃべれないといけないの?

沖縄には独特の言葉がある。ウチナーグチ(沖縄語または琉球語)と呼ばれるものだ。沖縄で暮らすとして、この特有の言葉をマスターしなくてはならないのか。答えはNOだ。難しすぎるし、ウチナ……

人気の記事 (note)

承ります 承ります
  • ・本サイトへの広告掲載のご依頼
  • ・執筆のご依頼
  • ・その他お問い合わせ

吉田 直人 よしだ なおひと

沖縄県今帰仁村生まれ。19歳まで沖縄で過ごし、20代は横浜に住む。大学卒業後は都内の出版社に勤務し、30代でフリーランスとなって沖縄に戻る。その後はライター兼編集者として活動。沖縄移住に関する本など多数の著作あり。

著作の紹介

移住者のための沖縄仕事NAVI

沖縄で仕事を探す! 移住者のための沖縄仕事NAVI

沖縄移住を成功させるカギ、それは仕事だ! 沖縄における就職事情と、仕事をゲットするコツを伝授。

金なし、コネなし、沖縄暮らし!

沖縄移住のバイブル! 金なし、コネなし、沖縄暮らし!

暮らしも遊びも人付き合いも、生活のすべてを網羅した面白本。ウチナーンチュが本音で語る沖縄暮らしの真実。

沖縄移住ガイド 住まい・職探しから教育まで実用情報満載!

沖縄暮らしのAtoZ 沖縄移住ガイド 住まい・職探しから教育まで実用情報満載!

どこに住むか、どう働くか、子どもの教育をどうするか・・・客観的視点から生活の実際を紹介する実用ガイド。

沖縄のことわざ

あとぅまさい かふう残り物には福がある